何年か前に『絶対音感ブーム』というのがありました。
その頃、テレビでとある絶対音感メソッドの音楽教室のレッスン風景を見てびっくりしました。
そのお教室では、「ド」の音は「ド」、「レ」の音は「レ」と呼ばせていたのですが、ファのシャープだけはなぜか「Fis(フィス:ドイツ語でファのシャープのこと)」と呼ばせていたのです。
おそらく便宜上このような呼び方にしたのではないかと思われるのですが、少しでも音楽理論を齧ったことのある人間であれば、これが重大な間違いであることは、すぐにわかります。
少々専門的な話になりますが、音楽理論では「音名」と「階名」という2種類の音の呼び名があります。
「ドレミファソラシド」はどちらにも使われるのに対して、先の「Fis」と言う言葉は「音名」でしか使われません。
さらに、ドレミファソラシドというのがイタリア語なのに対して、「Fis(フィス)」というのはドイツ語です。
ですから、ファのシャープのみを「Fis(フィス)」と呼ぶということは、「1・2・3・4・5」を「1・弐・3・W・5」と書くのと同じことなのです。
表記上の問題だけではありません。
ベートーヴェンやショパンの音楽には「調性」というものがあります。
これは、メロディーやハーモニー、さらにはリズムにまで関わる重要なものですが、この「調性」を理解するためには、先の「音名」と「階名」の知識、およびそれらが実際の「音や響き」としっかりと結びつく必要があります。
絶対音感というのは、ある周波数の音を識別する能力に過ぎません。
これがなければ必ずしも音楽家になれないということでは、決してないのです。
偉大な音楽家に絶対音感を持っていた人物が多かったというのは事実かもしれませんが、絶対音感がなくても音楽家として多くの人に感動と喜びを与えている人物はたくさんいるのです。
そもそも、絶対音感は何のために身につけるのでしょうか?
ピアノやヴァイオリンなど、音楽の演奏を容易にするために身につけるはずです。
ところが、先の絶対音感メソッドのように、絶対音感習得のための便宜上、音楽理論の知識をゆがんだ形で覚えてしまったとしたら、どうなるでしょうか?
様々な絶対音感メソッドを見ていて感じたことですが、いずれのメソッドも本来の目的である「音楽」から離れて絶対音感の習得のみが目的となってしまっているように見えます。
絶対音感はあるに越したことはありませんが、これを習得するために便宜上とは言え、音楽理論をゆがんだ形で伝えてしまうのでは、本末転倒のように感じます。
それからもう一つ。
ピアノの鍵盤上ではファのシャープとソのフラットは同じ場所を弾きますが、ベートーヴェンやショパンの音楽においては、これらは全く別の音です。
例えて言うならば、砂糖と塩くらい違います。
そして、音楽家にとって必要な「音感」とはむしろ、この違いを感じ取ることのできる「音感」なのではないかと思います。
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