私達は日頃、何とはなしに「情操教育」という言葉を使っていますが、改めて「情操教育って何?」と質問されて、明確に答えることができるでしょうか?
「情操教育」と並んで、音楽教室のキャッチコピーとしてよく使われる「絶対音感」もそうですが、私達はこれらの言葉の持っている語感に、なんとなく惑わされているような気がしませんか?
「情操教育」について辞書で調べますと、「真・善・美・聖などの人間の価値感情を養うための教育」とありました。
この意味からすれば、どうも単に音楽に親しむだけでは「情操教育」とは言えなさそうです。
子供向けのレッスンでは、しばしば、わかりやすい教材を用意して、音楽の楽しい部分のみを強調したレッスンが行なわれます。
「音楽って楽しいね、音楽って楽しいでしょ」と刷り込んでいくわけです。
これは、導入においては非常に大切なことだと思います。
導入の敷居があまりに高いと、子供は音楽に対して何かしらのトラウマを抱きかねません。
また、音楽に対してあまり興味を示さない子供にとっては、このようなレッスンによって音楽に対する興味を育んでいくことが可能だと思います。
しかし、それがずっと続いたとしたらどうでしょうか?
小学校を卒業するまで、ひたすら「音楽って楽しいね」の連続なのです。
これで、果たして「情操教育」の要である「真・善・美・聖」が養われるのでしょうか?
これについては、私は懐疑的にならざるを得ませんでした。
「真・善・美・聖」といった感覚を養おうと思ったら、たとえ少々難しくとも「本物」に触れる必要があるのではないかと、私は思います。
「本物」というものは、楽しいばかりではありません。
厳しい側面も持っています。
しかし、その両方を体験することができて初めて、子供は「真・善・美・聖」といった感覚を養うことができるのではないかと思います。
厳しい側面に触れることなく、「音楽って楽しいね」ばかりを続けていくと、音楽ってこんなものでいいんだという感覚が生まれるおそれがあります。
そして、それは単に音楽だけの問題ではなく、その子供の全ての行動様式に少なからず影響を与えるのではないかと思います。
子供の場合、趣味であるとか、将来は音大に進むといったこと以前に、どのような形であれ、レッスンが、その子供の人格形成に大きくかかわってくるのではないかと、私は考えています。
「情操教育」という難しい言葉を持ち出さなくても、何事にも真剣に臨む態度を育成していくということは、子供の教育にとって大切です。
音楽の厳しい側面に触れ、それを乗り越えることで、何事にも真剣に臨む態度、音楽に対する敬意や愛情といったものが生まれてくるように思います。
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